スタッフブログ

2015年3月

2015年3月の記事一覧です。

春満開!!

今日は休み時間にちょっと外に抜け出し、

春を感じてきました~cherryblossom

皆様にもおすそわけ致しますshine

別れの春、感謝の春、涙の春、夢叶った春、出会いの春・・・

皆様に素敵な春がありますようにhappy01

K・Y

 

 

image1 (1).JPG

 

 

 

生きてることは傷つくということ

 

最近、ある研修会に出ました。

それは人を援助する職業の人々が集まる研修会で、コメンテーターの先生がいました。

 

会の終わりに差しかかり先生が発言されたのが、タイトルにある「生きてる事は傷つくということ」でし

た。その場では「どうしたら自分たちが関わる人を、傷つけないように援助出来るのか」という方向で

話が進んでいたため、皆がはっとしたように感じました。


先生は続けて、私たちに出来る事はその人が傷つかずにすむようにする事ではなく、傷ついても回復

出来るように手伝う事だと語りました。


その瞬間、会場の雰囲気が一変して温度が上がったのを肌で感じました。


私自身も、自分の傷ついた体験や、私がお会いした方の傷ついたであろう体験を次々と思いだし

何とも言えない気持ちになりました。


本当に当たり前の事なのですけれど、私たちはつい忘れてしまいます。

 

目の前の困っている人に対して、小さい子どもにするように「転ばないように、けがしないように」と目

の前の石や障害物を取りのぞきます。

それは、その人のことを考えての行動ではなく、自分の心配や不安を無くすためです。

その日、改めてそれを思い出しました。


「生きてることは傷つくということ」、重みのある言葉です。


(Y・K)

自己責任

最近、よくこの言葉が使われますね。

果たして、自己責任とはどこまで問われるのでしょうか。

実を言いますと良く分からないのですね。

極論すれば、あらゆる事象に自己責任を問うことができますし、もちろん、その逆も有りうるはずです。

ある意味、自己責任とは相対的、複眼的価値観と言った側面があるのかもしれません。同時に、周囲環境や状況に左右される点もあるでしょう。

一方、我々の心の中はどうでしょうか。このような価値観は成立するでしょうか。

不思議なことに、何かをイメージした際に、ネガティブに考えるほどより現実的のように思え、ポジティブに考えると、ちょっと現実離れかな?等と思っちゃいますね。それこそシーソーのように左右されるはずです。

ただ、当たり前の話ですが、落ち込んでいたり、ストレスが溜まっていたりすれば、必要以上に自己責任を感じてしまうことだってあるでしょう。

個人的には、自己責任が全くない状況は考えにくいと思っておりますが、周囲環境に左右された結果、過剰な自己責任「感」へと至るのはちょっと苦しいですよね。




我々が、「愚痴をこぼしてみませんか」と申し上げているのには、このような理由もあるのです。

 

(M・U)